環境研究総合推進費 | PM2.5の脳循環および脳梗塞予後に及ぼす影響の解析

③ PM2.5は脳神経系にどのような影響を与えるか?


3-1. PM2.5の生体への影響

PM2.5曝露の呼吸器や循環器への影響については、多くの研究が行われてきました。

微粒子曝露による生体への作用については、呼吸器や循環器および免疫系の別に、毒性学的な見地から下記のように纏められています(中央環境審議会大気環境部会 微小粒子物質環境基準専門委員会報告, 2009年)。


 【呼吸器への影響】
  ① 気道や肺に炎症反応を誘導し、より高濃度な曝露の場合、肺障害が発現する。
  ② 気道の抗原反応性を増強し、ぜん息やアレルギー性鼻炎を悪化させうる。
  ③ 呼吸器感染の感受性を高める。

 【循環器への影響】
  ① 呼吸器刺激や自律神経機能への影響等を介し、不整脈等、心機能に変化が生じやすくする。
  ② 生理活性物質や過酸化物の増加等を起こし、血管系の構造変化を促進する。
  ③ 血小板や血液凝固系の活性化、血栓形成の誘導等を介し、血管狭窄病変を起こしやすくし、心臓に直接的、間接的悪影響を及ぼす。

 【免疫系への影響】
  ① 肺胞マクロファージの持つ殺菌能を低下させ、インターフェロンの産生を抑制し、感染感受性を高める。
  ② 様々な種類の粒子状物質が抗体産生の増大を来たすアジュバントのように作用する。


これらの知見は動物を用いて得られたものであり、人に対して同様のメカニズムが生じるかについてはまだ議論があります。しかし、世界各国でPM2.5の人体影響に関する疫学研究が進められています。PM2.5は呼吸器系や循環器系に対してリスクがあることが明らかになっており、各国で基準値を設定するなど、大気汚染対策が進められています。


3-2. PM2.5の神経系への影響 ― 動物実験 ―

一方、PM2.5の神経影響についての研究は呼吸器、循環器影響研究と比べて大きく遅れていましたが、最近、いくらか報告されるようになりました。

Zhangらによるラットを用いた実験によると、PM2.5の曝露は空間認知機能や記憶力の低下と関係することを示唆する結果が得られており、この時、ミエリンの構造の変化が検出されています(Zhang et al. Environmental Pollution 242:994-1001, 2018)。また、PM2.5曝露はラット前頭前野に炎症を引き起こし、不安様行動を亢進することも報告されました(Chu et al. Journal of Hazardous Materials 369:180-190, 2019)。


3-3. PM2.5の神経系への影響 ― 疫学研究 ―

疫学研究に目を移すと、神経疾患とPM2.5曝露との関連が報告されています。

PM2.5に短期間曝露するだけで、脳梗塞等の脳血管障害のリスクが増大することが知られています(Dominici et al. JAMA 295:1127-1134, 2006)。また、最近、PM2.5曝露による神経系疾患の予後も注目されるようになり、PM2.5曝露により脳梗塞後の入院日数が2-5 日延びる(278,980例, 中国, Liu et al. Stroke 48:2052-2059, 2017)、また、PM2.5 への曝露は、脳梗塞発症後1年以内の致死率を増加させる(12,291例, 中国, Chen et al. Stroke 50:563-570, 2019)と報告されました。

従って、PM2.5に曝露すると、脳梗塞の発症リスクを増大させるだけでなく、脳梗塞の予後も悪化すると考えられます。

ここ数年でアルツハイマー病(Shou et al. Ecotoxicology and environmental safety 174:344-352, 2019)や認知症(Grande et al. JAMA Neurology 77:801-809, 2020)、てんかん(Bao et al. Epilepsy Research 152:52-58, 2019)など、様々な神経疾患と大気汚染との関連を調べた疫学研究の成果が発表されました。

PM2.5の生体影響研究は呼吸器を中心に進められてきましたが、PM2.5が嗅神経を介して脳へ侵入するのであれば、肺におけるバリアに関係なく脳はPM2.5に曝露することになります。細胞や動物を用いた毒性学的な研究とヒト疫学研究を並行させてPM2.5の神経影響を明らかにし、その対策を考えないといけない時が来たのかもしれません。

Fig.3-1
図3-1. 本研究の作業仮説「PM2.5の脳循環および脳梗塞予後に及ぼす影響の解析」